ACT1755 北へ……
私的事情により、またも北への旅立ち。
残念ながら遊び要素ゼロ。
コミケも近いと言うのに準備ナッシングである。
……あ、香典包まなきゃ……
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私的事情により、またも北への旅立ち。
残念ながら遊び要素ゼロ。
コミケも近いと言うのに準備ナッシングである。
……あ、香典包まなきゃ……
なんだかんだで自分も人のことを言えない。
スクウェア作品のリメイクには一言も二言も言いたい事があったりなかったり。
追加ストーリーが破綻してるだけのFF3DSはともかく、
音質劣化、音が割れかけてる上に大雑把な戦闘バランス調整のFF4DSだとか、
なんで通常戦闘と四天王バトル(旧ボスバトル)とサルーイン戦に
変なアレンジしてんだイトケンと叫びたくなったミンサガだとか、
(まあミンサガの曲は他に神アレンジが追加されてたりするので一概には言えんが)
もうすぐ出るSaGa2に訳の分からんサブタイトルがついてるのが納得いかんとか、
公式サイトで流れるタイトル曲のアレンジが既にガッカリな出来だとか、
「なにおーゆるさーん!」「わたしはふじみだ!」だとかの珍発言絶対削るんじゃねえぞとか、
まあ私も過去の思い出に縛られてるわけですな。
常識的に考えればGB時代の曲をそのまま移植するわけにはいかないだろうし、
珍発言こそ真っ先に削除対象にするべきなわけだし。
(FF2の「いいじゃないか! ただだし」がリメイクで削られていたことを後で知って驚いた。
なのにウボァーはしつこく生き残り続けるのな)
……まあ、ミンサガでは「むぼうにも戦いをいどむ」⇒「お前をシメる」
「ゆるさーん!」⇒「(黙って親指を下に向ける)」などという、
謎の珍変更をしている例もあることだし、
予想の斜め上を行く変更を期待したいところだが。
うーむ……
そんなわけで、SaGa2が気になってます。
春に買ったPersonaの話。
異聞録時代の懐古信者がやたらとPersonaの音楽をけなしまくるので、
そんならオリジナルはどうなのよと思い、
非合法手段(世界一有名な動画サイト)で確認してみたが……
ぶっちゃけて言うと「別にそこまで言うほど大したモンじゃねーだろ」
というのが正直な感想であった。
音楽の合うとか合わないとかいう批判も、
「お前が言ってるのは『ゲームの世界観に合わない』じゃなくて、
『お前の思い出に合わない』って事だろ!!」
というように思えてしまう。
PSP版から入った身としては、別にボーカル入ってようがなかろうが、
BGMの雰囲気に違和感は感じなかったが。
というか、そういう意味ではむしろP4の方に違和感を感じる。
(舞台は閑静な田舎町なのに何故あんなノリノリなボーカル曲なんだ?
自宅、街中(晴、曇)辺りは全く舞台設定に合っていないぞ)
……ただこのゲームは、あくまdめお『移植』なのがポイントなんだな。
『移植』の意義とは、今プレイすることが困難な作品を『新しいプレイヤー』のみならず、
『旧作のファン』に提供することも含まれると思う。
戦闘高速化やインターフェースの向上等、
ゲームの本質と関わらない部分での改善なら旧作ファンにとっても願ったり適ったりだが、
原作の要素の一部だけ(←ここ重要)を大胆にいじりまくるのはどうだろうか。
音楽を派手に変更するなら、グラフィックやらゲームシステムやら、
そういったところも変更してよかろうに。
『基本的にベタ移植』という路線で、バグまでついでに移植してるくせに、
なぜか音楽だけが極端に差し変わっている、というのにムカっ腹が立つのは分からなくも無い。
しかもアレンジですらない完全新曲が大半。
深読みすれば――というかするまでもないのだが――
今、アトラスで最もホットな男、目黒氏を客寄せパンダにしただけって事なんだろうなぁ。
そのためだけに、一部だけをバッサリ変更……そう考えると、やっぱり腹が立つかも。
上に「お前の思い出に合わないってだけだろ」と書いたが、
この「思い出に合う」ってのは、一見どうでもいい事のようであって、
移植作品やリメイク作品にとっては、実は非常に重要なファクターだと思う。
思い出に合わないものを出すくらいなら、大人しくベタ移植していた方がマシ、ということか。
うーむ、やはり寿命が短そうだ勇者30……
基本的にはシンプルなパズルゲームだから、
一通りクリアするとモチベーションが大分落ちる。
称号全取得、図鑑フルコンプリート……
この辺りが分かれ目だろうか。
ストーリーモードラストステージの隠しボスも強いことは強いのだが、
基本体当たりのこのゲームでは、
対策はレベル上げが一番という結論だったし、
おまけステージの勇者3は、制限が厳しすぎるが故に、
かえって最適解が見つけやすくなってしまうというジレンマを抱えていたし。
解法を理解するのは早く、後は操作ミスとの戦いだけだった。
アイデアはいいし、シンプルゲームだからと言って手抜きせず、
色々としっかり作りこんであるし、面白いゲームであるのは確かなのだが……
『長続き』という要素だけが不足している。
かといって、ステージ数を倍にすると途中でダレそうだ……
うーむ。
ズコーッ!!
……いや、失礼。
キャラソンかあ……
個人的には『キャラソンで金を稼ぐ事』も、
『キャラソンで金を稼がねばやりくりできない業界の現状』も、あんまり好ましく思えないので、
PULLTOPには手をつけてほしくない領域であったが……背に腹は変えられぬか。
これも重要な『広報活動』と割り切るか?
むしろ、CD1枚にちゃんとヒロイン4人分の歌が入ってる良心に感謝するべきか?
世の中にはこれを4分割するようなメーカーもあると聞く。
というか、そもそもキャラソンって儲かるのか?
それとも実は、声優ファンに対する宣伝効果しかなかったりするのか?
いや、ヒロインが歌う必然性があればいいんだけれども。
ヒロインが歌うことに何の物語性もなく、原作と基本的に関係がないのであれば、
それを『ゲームメーカー』から出す価値はないような……
サントラのボーナストラック扱いならともかく。
あるいは、曲がヒロインのテーマとか、
作中BGMのボーカルバージョンなら分からんでもないが。
まあ、マグカップとかも似たようなものなので、
コミケの出し物としては問題ないといえばそうだ。
個人的にはその類の商品は公式グッズでもスルーしてたけど。
うーむ。
まあ、こういうのは、広報活動の一環として重要なんだな、うん。
この歳にして、ようやっとそういう大人の考え方に行き着きました。
ワルツやトライオンの漫画版も然り。
とにかく、出来るだけ多くの人に作品を知ってもらう必要があるのだ。
Webラジオも然り。
要は声優ファンを取り込めれば良し、というやつである。
広報って大事だにゃー。
つまり、始めっからPULLTOPに注目していて、
発売日に休みとってぶっ通しでプレイすることを決めている、
私のような人間にとってその類のものが大した意味を持たなくてもしょうがないのだろう、うん。
まあ、原作PULLTOP作品ならいいって人もいるでしょうけど、
私は基本的に原作至上主義者なんで……
派生作品は別に……なあ……
ワルツは宣伝漫画としていい線行ってたと思うが、
トライオンは、なんかこう、明らかに違ってた。
作品の設定は借りてるけどキャラに宿ってる魂が全くの別物と言うか。
まあ、原作者が描いてるわけじゃないんだから当然と言えば当然なのだが。
うーむ……
のっけからナンだが、しろくまの脇役キャラはちと印象が薄いように感じる。
サンタ先生やジェラルドといった、ヒロインと深い関係があるキャラはともかくとしても、
しろくま町の先住民族たちの印象はかなり薄い。
人物紹介でかなり詳細に説明されているはずなのに。
過去作品では、ワルツの有象無象のクラスメイトを除けば、
そういう印象を持つことはなかったのだが……
なんでかなと思ってみれば、紹介が長い割りにそのキャラを的確に伝えきれていないというか、
むしろ説明が長すぎてキャラの特徴が発散してしまっているように感じる。
過去作品のキャラ紹介と比較してみると、しろくまの紹介文は長い。
逆に言うと、過去作品のキャラ紹介はあまり長くは無いけれども、
端的に内容をまとめていることが伺える。
特にトライオンのキャラ紹介はきっちりとしており、
そのキャラのキャッチフレーズを背景にキャラを描き、
紹介の第一文で端的にそのキャラの一番に伝えるべき『特徴』を明確に記述している。
これによって、そのキャラの性格、物語中の立ち位置などがおおよそ伺える。
(手鞠の紹介文だけが迷走気味なのは、
そもそも手鞠というキャラが物凄く紹介しにくいキャラだからなのだろう)
そして、ゆのはなの紹介文はしろくま並に長いのだが、
両者の間には決定的な差が存在する。
ゆのはなでは、キャラ紹介を2~3つの内容に分けている。
その内容をさらりと書いてみると、
ゆのは:基本設定、守銭奴ぶり、俗物ぶり
わかば:基本設定、趣味や日常
椿:基本設定、酒、裏稼業
穂波:基本設定、突っ込んだ性格、霊感
という具合である。
それに対して、しろくまのサブキャラ――というか、
しろくま町原住民の紹介は分かりにくい。
しろくまの側でも一応文章が区切ってはいるのだが、
その区切りの基準がよく分からない。
特に羽衣はそれが顕著で、きららとの関係がなんと三箇所に分けて書かれている。
要するにしろくまのキャラが薄いのではなくて、
しろくまのキャラ紹介文がマズイのだ。
ヒロイン格、サンタ枠の紹介文は改めてみるときっちり分けて書いてあるが、
それ以下のポジションの紹介文がマズイ。
そして、この記事を書く中で何度もキャラ紹介を見直して、
しろくま町のキャラの立ち位置が分かった……ような気がする。
というわけで、またもPSPのゲーム買っちまいました。
勇者30。
以前からそのネタ臭さが気になっていたものの、
購入するかどうか悩んでいたのだが……結局購入。
で、感想としては……
面白いことは確かなのだが、ゲームとしての寿命は短そう。
といったところか。
勇者30については称号獲得やアイテムコンプなど、
ある程度のやりこみがいはありそうだが、
魔王30や王女30、騎士30辺りは微妙。
少なくとも、魔王は「ビューティフル魔王」、騎士は「グレート騎士」の称号を、
ハードモードでも全ステージ取るのに特に苦労はなかった。
STGが苦手な王女30はそうでもないのだが、
そもそも全ステージで「伝説の王女」を取る気概があるかどうかというと微妙。
ふーむ。
まあ、こういう洒落のきいたゲームは大好きなので、
それなりにじっくり楽しむ事にする。
ということで、久々の大型更新。
イベントCGと自己紹介ボイス。
……まあ、キャラ自体はキャラメルのドラマCDで大体掴めているので、
特に目新しい情報というわけではないけれど。
OHP公開情報としては最速である。
ななみ。
クソピンク((c)藤原々々氏)の本領発揮。
あほ。それ以外にどう言えと言うのか。
あほ。
りりか。
やはりルンルンにしか聞こえねえ。
中の人のみならず、テンションがちょいかぶり気味だからなのか?
ところで、世界観がぶっ飛んでいるのであまり意識してなかったけど、
しろくま町はちゃんと日本にあるらしい。えひめけん。
硯。
まあ、なんというか、順当だな、うん。
わにぐ……きらら。
以前のドラマCDで上記3人のキャラや人間関係はばっちり掴めるものの、
きららのキャラについてはやや微妙であった。
それで今回はどうかというと……
……やはりよく分からない。
今回の自己紹介も、自己紹介と言いつつまさに自分をさらしまくっていた上記三人と異なり、
良かれ悪かれ『対外的な自己紹介』であった。
それがわに……きららだと言えばそうなんだけど。
イベントCG。
硯のCGは初めて見たが、それ以外のCGは2ヶ月以上前に既に雑誌で拝見済み。
……やはり、雑誌になるべく早く情報を流す、というのが、一般的な広報スタイルなのだろうか。
あくまでもOHPは情報公開の場としては従。
来週は、いよいよコミケの内容紹介。
今回もちゃんと買えるといいな。
なんだかんだで、PULLTOP商品が速攻で消えることはなくなってきたので、安心できてきたり。
2年くらい前までは、2日目昼で既に人気商品がアウトだったからなァ……
まあ、商品余りまくりになるよりはずっといいんだけれども。
NEW COMERの最終巻が見つからん……どこにも入荷してねえ……
というか、本誌がおいているかどうかすら怪しいバンチの、
打ち切り漫画の単行本なんか入荷するだけでも無駄だというのかッ!?
……あながち間違ってないな。
4巻と同じく、Amazonで買うか……
最近思うこと……というか、前から言ってる様な気がするが。
それほどエロゲーを買いまくるわけでもないのにこんな事を言うのもアレだが、
たまに買う雑誌を見る限りだと、全然エロゲーって進歩してない気がする。
システムが10年前から止まってるのみならず、
シナリオの大枠さえも既にテンプレ化してしまい、
似たようなキャラが似たような物語を延々と演じているだけのようにも見える……
雑誌だけだと、セールスポイントがどれも似通ってるからそう思えるだけなのだろうか?
それとも、エロゲーのみならず、漫画にしろ小説にしろ映画にしろ、
時代を経るに従って全体的な構成がテンプレ化され、
差異化しにくくなっていくのはフィクションの定めなのだろうか?
うーむ……
よく言えば、エロゲーは既に完成形に到達している、ということなのだろうか?
……本当にそうなのか?
個人的には、システムを追求するという向上心を失くしてしまったように思えるのだが。
この状態がいつまで続くのだろう……
YU-NOみたく『ゲームとしての面白さを追求したAVG』はもう出てこないのだろうか。
確かに、昔の『見る』『話す』などのコマンドを無意味に選択させられるゲームよりは、
今の電脳紙芝居の方が進化したシステムになっているとは思うのだが。
それとは別に、AVGとしてのエロゲー……
ただ単にいいかげんな選択肢を選ばされるのではなく、
『意味のある』『楽しめる行動』をプレイヤーに与えてくれるAVGは出てこないものか。
に行ってきた。
いつもはエロゲソング大量搭載のDAM一択なのだが、
今回は気分を変えてJOYに特攻。
……しかし、JOYにも意外とエロゲソングが搭載されているのに気がついた。
こっちにもぶらばん主題歌があるんだなー。
しかし、カタログには『ゲーム』の分類がなく、
目的の曲があるかどうかは、曲名ないし歌手名で調べなければいけないのが難。
『アニメ』の項目にOP曲だけ載っててEDが載ってないとかザラ。
ということで、リモコンの履歴に偏った曲を大量に残しまくって去る。
しかし、カラオケ画面の歌詞すら読めなくなりつつあるはつかりの視力はちとヤバイと思った。
免許の更新で引っかかるとかそういう次元ではないような……
既にメガネが必要なレベルでは?
とりあえずレポートを全て入手、シアターを全開放。
召喚獣には穴があり、アイテムコンプ、ミッションコンプは夢のまた夢。
そんな状況でディシディアひと段落。
……うむ。
もうそろそろエルミナージュ2に備えようかな。
この前、愛知でかなり有名なラーメン屋に行った。
雑誌で愛知のラーメン特集があれば常に増ページで紹介が載り、
店の前にはいつも行列ができている店である。
ところが、身の回りで行った人の感想を聞くと、
雑誌等の評価に反して総じて微妙だったのだが……
で、実際に食った感想を言わせてもらうと、
「素材や腕はなかなかだが、料理の方向性が偏りすぎている。
好きな人間ならいいが、そうでない人間には正直なところ微妙に思えるだろう」
といったところ。
一言で言うと、『人を選ぶ』。
なのに、なんでそんなに人気があるのか?
これも行って分かった。
あの店は『一流店のようにを演出する』のに長けているのだ。
常時長蛇の列ができるのは、店のキャパシティが少ないからだ。
そしてそれでも人が並ぶのは、人の回転率が高く、
行列の長さに比べて待ち時間が短いからだ。
店内の座席数やレイアウトを見ると、意図的にそう仕向けているのがわかる。
それでいて、一応は水準以上の質のものを出してくるので、
行列効果によって心理的に補正がかかるのではないか。
中途半端に通ぶった人間なら「これが本当のラーメンの味」だとか嘯くだろう。
演出によって実際の質以上の印象を植え付けているのだ。
広報はそのものの価値を、本来の質より遥かに引き上げることできるという好例だ。
つづく。
パクリで1000万人の読者を獲得すれば英雄だが、ではその逆はどうか?
1人がパクるとどうにもやっちまった感が漂うが、
100人がパクったならとそれは唯のパクリではない。
『定石』と呼ばれる。
真に優れたものは『基本』となり、皆が堂々とそれを模倣することとなる。
そうなったら誰も模倣者を責めないどころか、
いずれは模倣しない人間は基本も知らないのかと叩かれることになる。
ものは言いようなのだが、パクるということは、
他人の優れた部分を見習う、と言えなくも無いような気がする。
個人的には、絵なら構図の模写、
ストーリーなら大まかな流れや一部のシーン演出の模倣、
このくらいならやっちまってもいいんじゃないかと思っている。
無論、コピー元の相手がブチ切れた場合はその限りではないが。
……でも、多少パクる事自体はそれほど問題とは思わないのだが、
パクリを指摘された時に真っ赤になって反論するのはどうかと思う。
「偶然の一致だ」だとか「違うところの方が多い」とか
「この内容は誰だって考える」とか「お前だってパクってる」とか……
パクるのであれば、堂々と「参考にさせてもらいました」くらいは言ってほしいものである。
最近、『新・吼えろペン』の最終巻を読んだ。
その中で最もインパクトがあったのは、
「100人の読者を横取りするのはただのパクリ野郎だが、
1000万人のファンを味方につければ英雄だ!」
との言葉だ。
単純には受け入れにくいが、ある種の真実を含んでいる言葉である。
エンターテイメントの本質とは、
作家先生のゲージュツ魂を満足させることではない。
あくまでも大衆を喜ばせることだ。
そしてその指標は面白さの『質』ではなく、喜ばせた大衆の『数』であるべきだ。
(個人的には人気取りに走ってファンをかき集めた作品なんかクソ食らえなのだが、
『個人の感想』をなるべく除外して作品の価値を語るとするならば、
それは『数』を用いる他ないだろう)
パクリだろうが何だろうが、
『大衆を喜ばせることができた』
という事そのものには大きな意味があるのだと思う。
また、糾弾されるべきパクリとはなんなのか、とも思う。
インターネットにより不特定多数の人間間のコミュニケーションが発達した昨今、
一枚のイラストがトレスだと発覚した時点で大騒ぎされるのだが、
個人的には、絵のトレース程度ならば大した問題ではないと考えている。
西又葵のあきたこまちイラストで鶯がトレス、なんて、ほとんど言いがかりのレベルだと思う。
トレス元の版権者が文句をつけたならともかく、
そんな部分をトレスしようがしまいが、絵としての価値に違いはないのではないか?
そうならば、少しでも楽をした方が合理的ではないのか?
ほぼ全てのコマがトレースである事が発覚して問題になった『メガバカ』についても、
少なくともトレースについてはそこまで槍玉に上げる必要はないんじゃないかとすら考えている。
むしろ、魅力を感じる構図は積極的に取り入れるべきではないかとさえ思う。
ストーリーや演出についても、優れた部分は見習っていってもいいのではないか。
……ただ、あくまでも『自作品のパーツ』として他作品の要素を取り入れるだけならばいいのだが、
構図からコマ割まで特定の作品と全部同じですとか、ストーリーが9割方が他作品の引用ですとか、
そのものの面白さ自体を特定の作品から100%丸々拝借してますというのは流石にマズイとは思う。
それならば初めからパクリ元だけ見ておけばいいわけで、
それこそただ単に「100人の読者を横取りする」だけの行為であり、
作品として存在する理由が今ひとつ感じられないからだ。
多分続きます。
中の人が殿子な少年。
サンタ関連キャラ。
今回はやたら専門用語が出てくるにゃー。
しろくま町紹介も専門用語の嵐だぜ。
そういえば、今回はサブキャラをかなり小出しにしてきているのだが、
これは結構珍しいパターンのような気がしないでもない。
前回のトライオンが初回一括公開だったからそう思えるだけだろうか?
かにもぽつぽつ更新だったような気がしないでもない。
……というか、本音をぶっちゃけてしまうと、
ヒロインキャラは別格としても、サブキャラはあんまり小出しにする必要はないような。
PULLTOP作品の傾向からして、サンタのパートナー格のキャラなら兎も角、
サブキャラはあくまでもサブキャラに過ぎない位置づけであり、
本当に重要なサブキャラは隠しキャラだったりして発売前には公開されないので、
まあ簡単に言うと、サブキャラというのは割りとどうでもいい存在なわけですな。
それなりに味のあるキャラクターであったとしても、
発売前にもったいぶって小出しにするほどの位置づけかと言うと……うーむ。
以下、余談。
PULLTOP隠しキャラ(発売前に公開されない、立ち絵があるキャラ)の系譜……
とらかぷ:姫咲さん、黒ノ巨人
夏少女:なし
おね星:エステル
ゆのはな:なし
ワルツ:エルディン、(+セシリア)
かに:燕玲、通販さん、渉さん、みやびシナリオの小僧
トライオン:なし
とらかぷは、まあ順当か。
ライバル役の黒ノ巨人に、桜姫が地上にやってきた最大の理由の姫咲さん。
隠す理由もあるし、それに足るほどの価値のあるキャラ達である。
夏少女がないのは、物語のテーマ上分からなくも無い。
いきなりポッと出のキャラが出てきて物語を引っ掻き回すようなテーマではないからだ。
おね星もまあ順当。
序盤からその存在を匂わせつつ、中盤に仮の姿で現れ、終盤に正体を現す。
いかにも隠しキャラである。
ゆのはなは、生きていればマイクがそのポジションに収まれたのかもしれないが、
哀しいかな彼は既にこの世の人ではなかった。
ワルツは……考えてみると、隠しキャラがエルディンだけというのは問題だなあ。
ナントカ四天王みたいな、各姫に対応するライバルキャラが出てくるとかなら燃えるのだが、
蘇った覇王の手下が既出キャラのエイプリルとピジョンだけだというのは……
それをするにはあまりにも工数が足りないのは重々承知なのだが。
セシリアは、その正体を現した立ち絵は未公開であったものの、
初めから仮の姿が『正体不明の人物』として紹介されていたので、
本当の意味で隠しキャラと言えるかどうかは疑問だ。
それに対して、かには隠しキャラが多い。
分校ルートで重要な役割を果たす燕玲と渉さん、
考えてみるとかなり立場的にどうでもいいキャラなのに異様な存在感をかもし出す通販さん。
さらには、立ち絵がないにも関わらず、
下手な立ち絵付きサブキャラよりもキャラの立っている学生その他の面々……
とてもにぎやかである。
……みやびシナリオのアレは、みやびシナリオ以外では影も形も無い上に、
数少ない登場機会すら単なる司のかませに過ぎず、
というかそもそも彼がいなくても物語は成立する――
彼は司がみやびから離れようとするための『口実』に過ぎない。
その相手をわざわざ作品中に登場させなくてもストーリーは破綻しない――
という、トップクラスにどうでもいい存在だ。
……正直に言います。私、彼の名前覚えてません。
トライオンに隠しがいないのは割りと意外だった。
当初は宗鉄がその役割に収まるものとばかり思っていたし、
それまでのPULLTOP奇数作品の流れならそうなっていただろう。
しかし本作には『その世界を上位の立場から握っている存在』というものはなかった。
宗鉄や謙吾、夏海祖母はその世界の構築に携わっているとはいえ、
必要以上にそれに干渉することを好んではいなかったようだ。
その理由は、トライオンの物語の本質が、物語の世界を取り巻く大きな流れを描くことよりもむしろ、
前向きで楽しい連中が前向きに楽しく生きていく様を描くことにあったからだろう。
あくまでも獅子ヶ崎のトラブルはそれを描くための口実に過ぎない。
キャラクターを描くための舞台設定と見せかけてその実、
キャラクターのドラマよりも世界の大きな流れを描いていたPULLTOPの過去作品とは全く異なるのだ。
(むつかしく言うとややこしいけど、要するにPULLTOP奇数作品に個別エンドはほぼなかったけど、
トライオンは個別エンド……ヒロインと慎一郎の関係をメインに描いてましたよ、ということ)
うん、久々に語った。
語りすぎて趣旨がよく分からなくなってきたけど、
まあ語ろうというモチベーションが沸くと言うのはいいことだ、うん。